活動概要

主  催  大谷大学教職員有志
協  力  大谷大学・大谷大学短期大学部/真宗大谷派(東本願寺)現地復興支援センター

第8便

2度目の参加になります。
震災が起きたときから現地の子どもたちは大丈夫なのかと心配で、実際に会ってみたいと思っていました。
今回、仮設住宅での炊き出しと、腕輪念珠作りをさせて頂きました。
その際、おじいちゃんたちが「みんなが来てくれる事が嬉しい。こうやって、みんなで話をしたりワイワイする事も少ないし、この環境が苦で出て行っている世帯もいる。けれど、若い人たちが来て忘れないでいてくれることは、とても有難い」と言っておられ、ここに来てよかったととても思いました。
また、子どもたちの楽しそう笑顔が素敵で忘れられません。
数時間の関わり中でしたが色々なことを話してくれて、私たちが行ってよかったと思えます。
2日間有難うございました。
【2回生/女】

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今回初めてボランティアに参加させて頂きました。自分には何が出来るのか、何も出来ないかもしれないと思いながら行きました。
実際何も出来ませんでした。むしろ現地の方の笑顔に元気をもらいました。
仮設住宅に行ったときに、お婆ちゃん逹で女子会をしていたところに参加させて頂きました。『ありがとう』と何回も嬉しそうにおっしゃって頂いて、帰りに頬っぺたを撫でながら、『これからの日本のために頑張ってね』と言われました。自分の情けなさやお婆ちゃん方の強さや優しさに泣きそうになりました。
あと数ヶ月で大学を卒業しますが、これからどういう気持ちで生活していこうかと考えさせられ、卒業後も小さなボランティアでも積極的に参加していこうと思った2日間でした。
2日間皆さんと一緒に取り組み、お話をすることが出来、色々なご意見も頂き、本当にありがとうございました。
【4回生/女】

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大船渡の方々が復興に向かって様々な活動を行っていてエネルギーを感じたり、また海楽寺周辺の被害が思っていた以上に悲惨なことも感じた。1〜2回のボランティアでできることがすごく微量だと思う。その反面、1回のボランティアにいったことで満足する自分もいる。けれども、回数を重ねるうちに、さらにこういった経験が忘れられなくなってきているのも事実だ。この忘れられない、また東北に行ってみたいという気持ちを大事にし、また今回の経験を人に伝えていけたらと思う。
【教職員】

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人生始めてのボランティアでした。
多くの人とお話をする機会はありませんでしたが、東北の方々は逆に僕達を常に気遣ってくれていました。
一人のおばあさんが言っていました。「人生は何があるかわからん。楽しいこともあれば苦しいこともある。苦しいこと悲しいことは沢山あったから、これからは楽しいことが必ずくる」

当たり前のことかもしれませんが、僕はこの言葉が重く響きわたりました。
本当に心の底から出てきたのだと思います。
この復興支援ボランティアは、自分にとってまた1つ大きな課題を与えられたボランティアとなりました。
【4回生/男】

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私にとって、初めてのボランティア活動。
改めて実感したこと、それは笑顔のパワーです。今回は、茶道部という枠で仮設住宅の人達にお茶を振る舞いました。「おいしかったよ」と、言われたこと。帰り際に「また来てね」と、言われたこと。
その時の感謝の言葉と、皆さんの満面の笑顔を絶対に忘れません。また今度、この活動に参加したときには、もっとたくさんの笑顔を皆さんに届けたいです。
【2回生/男】

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今回は、1日目に岩手の大船渡市へ炊き出しに、2日目に仙台の海楽寺に書籍清掃活動にいってきました。
その中で特に考えさせられたのは、大船渡市の仮設住宅在住の方が仰っていた言葉です。
「今仮設住宅の中では、震災後の気持ちの整理やコントロールができなくて暴力に走ったり、自傷行為をしてみたり、また認知症が発症したりと、様々な人がいます。今ここにいる人(広場に出てきて笑顔を見せている人)以外に色々な思いをもっている人が仮設住宅で静かに寂しく生活しています。決してそういう人がいることを忘れないでください。そういう人達と共に歩んで行けるような活動をこれからも重ねていってください」、と。
このようなことを言われました。
この言葉は今後の自分を考えさせられましたし、また被災者を狭い側面でしか捉えていなかった自分に気づかされました。
【大学院/男】

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まず、第1に現地の状態を初めて目の当たりにして、本当に甚大な震災だったのだなと感じました。
1年半前に大震災が起き、津波であっという間に住む家から人、あらゆるものを一時に失ったという事を、改めて知りました。
瓦礫は撤去されていましたが、いままで住宅が立ち並んでいたであろう広大な敷地が、柱しか残っていない家や家の基礎部分だけ残された状態を見て、現実にたくさんの犠牲があったのだと感じ、いたたまれない思いがしました。
そして、現地の方のお話を聞いて、「助かった命を今日も明日も精一杯生きたい」と仰った方の言葉が特に忘れられません。身近な大切な方を震災で失った人の悲しみは図り知れないものだと思いました。
2日間のボランティアで何ができるものかと思い参加しましたが、受け入れてくれた方々のありがとうという言葉や笑顔に、参加することができて本当によかったと思いました。
ありがとうございました。
【大学院/男】

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感じたことや考えたことを3点述べます。
まず、第1点目は、支援の形に関してです。支援の形に関しては、物資の支援等があると思います。どのような支援であれども、支援を行いたい人の気持ちが大事であるとともに、その支援によって勇気付けられている人達がいることを改めて実感しました。
続いて、第2点目は、予測不能な時代をどのように生き抜いていくかについて、被災者の話を聞いて考えさせられました。今回の東北で起こった大震災については、自らが直接体験していないため、被災者の苦しみや悲しみを十二分に認識することが容易ではないと思います。しかし、自らにも今後起こり得るとも考えます。そして、どのような状況においても、生き抜いていく力の大切さを学びました。
最後に、第3点目は、気づきの重要性についてです。自らの日常生活において、目の前の課題などに追われていることがあります。そうしたなかで、本当になすべきことは何かについて、見失うことが考えられます。一方、震災ボランティアの活動に参加し、実際に自らが体感することにより、学び考えることはもとより、気づきを得ることがあると痛感しました。
以上、3点述べてきましたが、本活動を通して自らが得たことなどを真摯に受け止めつつ、生きていきたいと考えます。
【大学院/男】

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今回は、参加したものの、自分に一体何ができるだろうと、出発まで葛藤しながら参加した、ボランティアでした。
しかし、現地につくと、来てくれて嬉しいと暖かく受け入れて下さいました。
自分の目でみた現地の状況を、ただ伝えてくれるだけでいい、それだけでいいと笑顔でおっしゃっていました。
何かしようなんて考えはいらず、実際に足を運ぶ事がどんなに大切か思い知らされました。
現地はテレビでみる映像とまるで違います。
津波の被害にあって修復されていない家もたくさんありましたし、流されてそのまま何もない土地が広がっていたり…それは訪れなければわかりません。
是非多くの人に行ってほしいと思うので、帰ってからできるだけ周りの人に伝えようと思います。
そして私も、また現地を訪れたいと思います。
今回は貴重な体験をありがとうございました。
【教職員】

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今回の第8便ボランティアで、最も困ったのは募集要項に動機を記入するときでした。目的意識も明確にならないまま応募し、結局最後まで何を目的としていたのかわからないままです。でも、「共に歩み隊」というように、とにかく一歩踏み出して現地を自分の体で感じてみたかったのです。
実際に現地の人と触れ合い、生活の現状を教えていただくうちに、この事実を目に焼き付け、その悲しみを知り、自分の言葉で伝えていくことの重要性を痛感しました。
悲しみ全てを同じくはできないですが、その一端でも知ろうとし続け、伝え続けていきたいと、思いを新たにしました。
何をもって復興が完了するのか不明です。しかし、その意欲を風化させず忘れず、今後も何かしらの形でボランティア活動に参加していきたいです。
大谷大学のみなさま、バスを運転してくださったドライバーのお二人、復興支援センターの方々、ありがとうございました。ボランティアは色んな人の支援で成り立っていることがわかりました。またご縁が整いましたら、参加させていただきたいと思います。
【教職員】

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活動初日、屋体の帰り際に「私達の事はもういいから、後は福島の事、そしてこれからの日本をおもいなさい」と。そのこれからの日本を担うのは私達で、それが私達の役割なのだと。どれほどの過程をへてきて私達に言ってくださった言葉なのか。
確かにおこった現実と、これからとの両面を見つめるとき、悲しみにばかり気がとられていたけれど、その中から芽生えた願いを見落としてはいけないのだと思いました。
その言葉を通して、気づかされました。参加にはいろいろな不安もありましたがやはり来れてよかったです。それと、ボランティアというのは誰かの支えがあってボランティアが成立するのだとも気づきました。支援センターの方達の姿に教えてもらいました。
役立ずの私だと防御線を勝手に張らず、私も誰かにとって何かの存在であれたら、と思ったボランティア活動でした。
また参加させて下さい。
【3回生/女】

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被災地の方々のリアルな声を、今回直接聞けて良かったです。初めて被災地に行き、知ったことが沢山あります。見捨てられた様に感じて命を自ら絶つ方がいるなんてことニュースにはなりません。そこに行かないと分からない事実が沢山ありました。そこに行かないと分からない景色がありました。
話を聞き、被災地を見て感じ思ったことは、被災地の方々も私たちも“今”を生きています。被災地の方々が少しでも前の環境のような生活に戻って頂けるように、どんな形であれ協力をしようと思いました。
【3回生/女】

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今回受け容れていただいたこと、サポートしてくださったことをありがたく感じている。今回の経験を伝えていくことは、私の責任の一つだ。
初日は、岩手県大船渡市の仮説住宅に伺い、念珠作り、抹茶の提供、京豆腐、牛丼の炊き出しを行った。到着したときには敷地内に人がほとんど見あたらず、集まるのだろうかと心配したが、そのあとテントを建て準備をしていると徐々に多くの人が集まってきて、笑い声が溢れた。
お酒も提供したのだが、ある方はビールを1缶空け、2缶空け、3缶空け、それでも話が尽きない。日本酒を注いだ。「こういうところだから美味しいんだよね。家で一人で飲んでいてもね・・・」。
2日目は、宮城県仙台市の津波被害を受けたお寺へ。津波にのまれた書籍の汚れを落とす作業をさせてもらった。本のジャンルは多岐にわたり、ところどころに線がひいてある。泥にまみれてカビが生えケースから抜けなくても、故人にとって大事な書物があっただろう。
お寺でお話を伺った。「見捨てられた、という気持ちをもつ人がいる。自ら死を選ぶ人がいる。震災はどこにでも起こりうること。遠い世界の話ではない。心の片隅にでも留めておいてほしい」。
初日に大船渡の仮設住宅支援員の方から聞いたことを思い出す。「震災直後よりしんどくなってきている。元気そうに見える人から夜中に突然電話がかかってきたりする」。
思い返すと、炊き出し中、家から外に出てこられなかった人がいるだろう。私たちの訪問の賑やかさを嬉しく思う人もいればうるさく思う人も、何も感じない人もいたかもしれない。また一人の人が相反する感情を持ちうる。きっと私の想像を越えた思いで暮らしている人々がいる。そしてまた、自ら助けを求められない人もいる。・・・こういったことを考えさせられた今回の経験を通し、自分自身の生き方が問われていると感じた。
最後に、胸に響いたあるおばあさんの言葉をお伝えしたい。「みんなにとって100%はないの。それでいいんだよ」。
【3回生/女】

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土曜日。
念珠を作り、お茶を飲みお菓子を頂き、そして牛丼を食べながら、震災のこと、今の生活のこと、本当に沢山のことを皆さんが語ってくれました。食事会の後半はお酒も少し出て、お話しを聞きながらちょっと感極まった私は、飲み過ぎてしまいました。

日曜日。
津波をかぶった書籍の拭き掃除・整理に従事。丁寧に書き込みや線引きが入れられた本が、津波に洗われて膨らみ、くっつき、泥にまみれているのを見ると、津波災害の凄まじさを感じるのと同時に、日常生活と隣り合わせに存在しているはずの災害に対して、自分があまりにも無頓着に暮らしていることを改めて知らされました。作業後にご家族からうかがった震災当初のお話、本の持ち主であった御主人が亡くなられた状況、これらは活字や映像で見聞きしていた震災体験とは全く違うもののように響いてきました。

東北の秋晴れの下、土曜日曜両日ともに精一杯活動しました。イベントに来てお話しをしてくれた仮設団地の皆さんは笑顔で楽しんでいてくれましたが、一言、「皆さんも気を付けてね」と声をかけられて、今回の大震災が決して「自分ではない誰かに起きた事」ではないのだ、という思いを強くした今回の活動でした。
【教職員】

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